薬剤師が変える褥瘡治療――“治らない”褥瘡を“治す”ために
薬剤師はチーム医療においてさらなる職能発揮を求められている。薬の知識の提供にとどまらず,患者の病態に応じた効果的な薬物療法の実践が期待されている。古田勝経氏(国立長寿医療研究センター臨床研究推進部高齢者薬物治療研究室)によると数ある疾患のなかでも,「褥瘡」は薬剤師による病態評価と,薬剤選択が治療効果に大きく寄与する。長年,褥瘡研究に携わり,数多くの治療実績をあげてきた古田氏に,薬剤師が褥瘡治療に関わる意義を聞いた。
間違った褥瘡治療の現状
まず,問題として挙げられるのは,褥瘡治療で外用薬が使われていますが,その基剤が病態に合っていないのです。つまり,間違った薬剤が選択されているという現状があります。
どういうことかというと,外用薬の基剤には,滲出液を吸収するタイプと水分を補うタイプがあって,本来は創の状態に応じてそれらを使い分ける必要があります。ところが,例えば肉芽形成促進のためにオルセノン軟膏(トレチノイン トコフェリル)を使いたい場合,現状では水分が70%含まれるオルセノン軟膏を使うしかありません。オルセノン軟膏の主薬を含む製剤薬はそれしかないからです。しかし,滲出液が多く出ている場合,水分を多く含む薬を使うと,浮腫性の肉芽ができたり,感染が起こりやすい状況がつくられてしまいます。そのような状況であることがまず問題です。
「褥瘡は治らない」という医療者の誤解があります。医師は外用薬を選択する際,第一に主薬の薬効成分を考え,基剤は二の次です。それは,皮膚疾患に対する外用薬使用と同じように考えているからなのですが,褥瘡は湿潤環境が適正でなければ治りません。基剤が病態に合っていなければ,主薬の薬効成分が効果を発揮しないのです。
そういったことが理解されず,薬効成分だけで薬が選ばれるとどうなるか。滲出液量に見合う基剤が使われないために,創の適正な湿潤環境が作られません。そして,処方した医師は「薬が全く効かないじゃないか」となるわけです。そこに薬剤師が介入できれば,医師にアドバイスできるかもしれませんが,残念ながら,そこに薬剤師はほとんどいない。いたとしても処方せんだけをみて,病態をみていないので,その薬剤が適切かどうかの判断はできません。そのような状況がずっと続いてきたため,「褥瘡は治らない」と考えられてしまっているのです。
薬剤師が関われば褥瘡は“治る”
現場では,「外用薬は効かないから,簡単なドレッシング材で処置をしよう」と考えられています。しかし,ドレッシング材は,深い褥瘡に対しては効果が期待できません。なぜなら,ドレッシング材は,あくまでも湿潤環境を保持するという機能しかないからです。湿潤環境を保持することで,2次的に肉芽形成がみられることはありますが,ドレッシング材を使うことで直接,肉芽形成促進の効果を得ることはできません。
ドレッシング材で2次的に肉芽形成がみられる場合,患者さんの栄養状況の良し悪しも関係するので,ドレッシング材しか使わない看護師あるいは医師は,「栄養状態が悪いから治らない」と考えます。しかし,それは栄養状態が悪いから治らないのではなく,そもそも薬剤の使い方が適切でないから治らないわけです。そこに気づかなければなりません。最近では,簡便さと安価を理由に,食品用ラップを使用している状況もみられ,そのような間違った方法をかたくなに信じ,実践している医師もいます。
主薬を活かせるよう基剤を選ぶ
正しい薬剤の使い方とは,基剤を病態に合わせて選び,主薬の薬効成分が活かせるような環境を作ることです。つまり,創治癒に影響する湿潤環境は,滲出液の量に関係するため,滲出液の量に見合った基剤の特性が必要になります。基剤は,湿潤環境を適正に補正するための重要な役割を担っており,その適正な湿潤環境が薬効を活かす前提条件だということになるわけです。そこがきちんと満たされれば褥瘡は早く治るのです。
チームに入っていても,医師に質問されるまで,薬剤師は発言しないという実態があるようです。回診に同行しても発言しなければ,薬剤師はただ付いてきているだけで,役割を果たしていないとみられてしまいます。
そうなってしまっているのは,薬剤師が褥瘡の病態の見方がわからないからでしょう。
薬学教育にも課題が
以前の薬学教育では,褥瘡という言葉はほとんど出てこないため,褥瘡という病気に対する知識が全くありません。それから,基剤がいかに大事かということをもっと訴えていいはずなのに,それができない。基剤について勉強してきているのは,薬剤師だけなのですから。
その点については,薬学教育にも問題があります。基剤に関する教え方ですが,例えばクリーム基剤は可洗性,マクロゴールは水溶性,などという表現となっています。クリーム基剤は潰瘍に使うなら補水性,つまり水を補うという性質を教えるべきなのに,そのような視点が全くないことは問題です。
当院での褥瘡治癒までの日数が,他院よりも短いというデータは,いろいろなところで発表しています。ほかの施設でも,薬剤師が先頭にたって,私の考え方に基づき取り組んでいる病院では,褥瘡が明らかに早く治っています。しかし,そのようなはっきりした結果が出ているのに,いまだに二の足を踏んでいる薬剤師がいます。
私は,薬剤師が薬物療法に関わる最初の課題として,褥瘡は重要だと思っています。薬物療法では,病態に応じて薬を選択しますが,褥瘡の病態は目に見えるのです。病態が目に見えない内科系疾患に比べると,薬物療法を理解しやすいはずです。
6年制薬学教育が始まり,これからの薬剤師は,もっと疾患を勉強すべきといわれていますが,薬と疾患のことを別々に勉強しても意味はありません。その2つの間にある薬物療法がわからなければいけないのです。しかし,薬物療法の提案ができない薬剤師が多いのが現状ですから,まずは褥瘡治療から取り組むべきでしょう。
在宅での褥瘡治療の難しさ
在宅では2つの課題があります。1つは,在宅が患者さんの生活の場だということです。自宅では,患者さんは自分の好きなように生活したいという思いがありますから,褥瘡の予防や治療に必要な体位や姿勢を受け入れてもらいにくいという落とし穴があります。
もう1つの課題は,主治医の多くが内科の先生だということでしょう。専門外で,褥瘡のことを聞いてもわからないということが多いのです。そのような場合は,主に訪問看護師が褥瘡の処置にあたっていますが,間違った薬剤やドレッシング材の使用などが行われていることがしばしばあります。実際,在宅の患者さんで褥瘡が悪化して当院に入院し,当院のチーム医療で改善し在宅に帰りますが,薬局薬剤師と連携することで完治します。
薬局薬剤師の介入に期待
そのため,在宅でもきちんと薬剤師が関わることが重要なのです。当院の退院時カンファレンスには,薬局薬剤師にも参加してもらっています。薬局薬剤師には,週に1回は処置に入ってもらいます。そして,在宅訪問では,薬剤師が必ず創の写真をとって管理し,医師・看護師に対しては,現在の患者さんの状況を伝えてもらっています。そのように,薬剤師が加わってチーム医療が実践されれば,たとえ深い褥瘡でも在宅で改善することが可能となります。
確かに在宅は,病院よりも難しい面があるのは確かですが,それでも,薬局薬剤師にはどんどん介入してほしいと思います。「その薬を使ってみましょう。1週間経ってよくならなかったらほかの薬に替えましょう」というように,積極的に提案してほしいですね。
本来,治るはずの褥瘡が治らないと考えられているのは,治らないというイメージを医師や看護師が作ってきたという一面もありますし,治らないから無関心だったともいえます。医師が無関心だったので,看護師による処置だけが行われてきましたが,看護師は薬の専門家ではありませんし,ドレッシング材で湿潤環境がどう変わるかということはあまり理解されていません。その上,医師もそのような姿勢ですから,薬剤師も「床ずれは病気ではない。関わっても仕方がない」と思ってしまっています。
褥瘡は合併症ではありますが,基礎疾患と同じぐらい重い。褥瘡が敗血症まで重症化してしまい,命を落とす人もいます。“たかが褥瘡,されど褥瘡”という認識は,すべての医療者に持ってもらいたいと思います。
古田氏のお話をもっと詳しく聞いてみたい,という方へ
褥瘡の薬物治療に薬剤師が介入すべき場面がたくさんあると古田氏は指摘します。では,どういった場面でどのように介入すればいいのでしょうか。
じほうでは9月30日(日)にWEBセミナー「エキスパート薬剤師のためのStep Upセミナー『褥瘡の病態と薬物療法』」を開催いたします。
褥瘡を正しく理解し薬剤師職能を治療に活かしたいという方は,ぜひ下記リンクよりお申込みください。
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